東京都世田谷区出身。15歳の時にハワイ島カムエラにあるHawaii Preparatory Academyに入学し、初めてフラを習う。尾崎貴美枝主催リコ・フラスタジオで再びフラを始め、その後1995年、再度ハワイに渡りフラ留学。アロハ・ダレリィ率いるKeolalaulani Halau `Olapa O Lakaに所属し、メリーモナークをはじめ、さまざまなコンペに出場するかたわら、ハワイ大学で、ハワイ語、歴史などを学ぶ。
98年日本帰国した後、クムフラ・アロハ・ダレリィの許可のもと、Keolalaulani Halau `Olapa O Lakaの認定姉妹校として、Nā Mamo O Kaleinaniを品川区五反田に98年7月オープン。
2000年ワールド・フラ・フェスティバルでは、ソロ部門及びハワイ言語部門において優勝。2002年よりナー・マモ・オ・カレイナニのコンペ指導を始め数々の実績を残し続けている。
2013年8月にはクムフラ アロハ・ダレリィよりクムフラの称号を授かる。尚、クム・アロハが現在までにウニキしたのは実娘の長女・次女・三女のみであり、岡本聖子は4人目のクムフラとして認定された。
オアフ島カネオヘ出身。メリーモナークフラフェスティバル初代ミス・アロハフラ。2003年に40周年を迎えたハラウ、Keolalaulani Halau `Olapa O Lakaのクムフラとして、常にハワイのフラを支え続け、2014年8月に自宅の寝室で静かに息を引き取った。また、娘3人はそれぞれ91年、92年、99年のメリーモナークフラフェスティバル・ミス・アロハフラに選ばれ、ハラウとしてもメリーモナーク最多出場39年の歴史を持つ。
現在は彼女の母、keolalaulaniの名前(ハラウの名前としても継承)を引き継いだ末娘、Keolalaulani Dalire(ケオラ・ダレリィ)がハラウのクムフラとしてハラウを継承し、コンペティション活動の他、オアフ島内のさまざまなショーも手がけている。